NHK大河ドラマ「光る君へ」で一条天皇を演じた塩野瑛久さん。塩野瑛久さんは高校へ進学せずに中学卒業が最終学歴だったことが判明しました。
そこには、家族を想う塩野瑛久さんの優しさがありました。なぜ高校進学をしなかったのか。その真相に迫ります。
本名:塩野瑛久(しおのあきひさ)
生年月日:1995年1月3日(29歳)
出生地:東京都
出身地:神奈川県相模原市
身長:175cm
所属:LDH JAPAN
画像出典元:映画.com
塩野瑛久さんのお父さんはクレープ屋さんを経営されていました。
そのクレープ屋さんを1983年開店して30周年を迎えた矢先に、お父さんが右脳内出血で倒れてしまったのです。2007年9月のことでした。
お父さんは第一種二級の障害者になってしまったのです。
もちろん、そんな状態では、仕事をすることができません。大黒柱のお父さんが倒れてしまっては、お店の経営危機です。
そこで、立ち上がったのが塩野瑛久さんです。
中学時代にお父さんが倒れてしまってお店を手伝うことになった塩野瑛久さん。当時を振り返って
「昔は特にやりたいこともなく、高校にも進学せずに実家のクレープ屋を手伝っていました。はっきり言ってちゃらんぽらんだったんです」
とおっしゃっています。特にやりたいこともなくとのことですが、それは方便でおそらく、手伝わざるを得なかったはずです。
お店を守るために、高校進学を諦めた塩野瑛久さんは当時は大変だったと思います。
クレープ屋さんで働いていると、お客さんがオーディションを勧めてくれたそうです。
「息子さん見たわよ、応募させてみたらどう?」とお客さんが”ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト”を塩野さんのお母さんに提案してくれたことがきっかけで芸能界に入ったそうです。
第24回(2011年)で審査員特別賞とAOKI賞をW受賞されました。
そこには塩野さんのお姉さんの協力もありました。
書類用にお姉さんが写真を厳選してくれたそうです。髪を黒染めにして、爽やかなイメージに仕上げてくれたそうで、その写真が受賞の要因だったそうです。
塩野瑛久さんが働いていたクレープ屋さんはどこなのでしょうか?
塩野瑛久さんが働いていたクレープ屋さんはクレープアンと言うお店です。
画像出典元:つながろうプロジェクト
クレープアンは町田小山店、西八王子店、相模原店の3つがあり、おそらく塩野瑛久さんは相模原店で働いておられたのではないでしょうか。
塩野瑛久さんは実家のクレープ屋さんを助けるために高校に行かなかった。
クレープ屋さんのお客さんが塩野瑛久さんに芸能界入りを推薦した。
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