木村昴(きむら・すばる)さんといえば、国民的人気アニメ『ドラえもん』のジャイアン役としておなじみの声優です。また、ラッププロジェクト「ヒプノシスマイク」での圧倒的なパフォーマンスや、テレビ番組でのMC、舞台など、幅広いジャンルで活躍している多才な人物でもあります。
そんな彼の才能のルーツには、“ドイツ”というキーワードがあります。実は木村さんはドイツ生まれ。しかもお父さんはドイツ人で、声楽家・音楽指導者として日本で長年活動してきた人物です。今回の記事では、あまり語られてこなかった木村昴さんの“お父さん”にフォーカスし、その足跡と昴さんへの影響を深掘りしていきます。
お父さんはプロの声楽家!オペラを教える音楽の先生
木村昴さんのお父さんは、ドイツで声楽を学んだプロのクラシック歌手です。専門は声楽、つまりオペラや歌曲(リート)など、歌を中心とするクラシック音楽の分野でした。
来日後は、複数の音楽大学や音楽専門学校で講師として活躍。生徒にドイツ歌曲やオペラを指導し、言語、発音、発声、表現といった複数の要素を組み合わせた“本格的なヨーロッパ式音楽教育”を日本で広めました。
授業では、発音の微妙なニュアンスや、感情の込め方、呼吸の使い方までとことん指導。ドイツ語での指導を中心にしながらも、日本語にも堪能だったため、文化や言語の壁を越えて多くの生徒に信頼されていました。
教育にかける情熱と哲学
お父さんが大切にしていたのは、単に「上手く歌うこと」ではなく、「心を込めて声を出すこと」でした。彼はよく、「声とは人の心を映す鏡」だと話していたそうです。
生徒には、ただ技術を教えるのではなく、その人自身の人生経験や価値観を、どう“声”という形で表現できるかを問いかけました。ときには授業の中で音楽を離れ、人生や感情について語り合う時間をとることもあったとか。
こうした教育スタイルは、生徒の内面に深く入り込み、その人の“本当の声”を引き出すことを目指すものでした。そんな熱い教育に触れた学生たちは、今も感謝の言葉を口にしているといいます。
家の中は“音楽とドイツ語”でいっぱいだった
そんなお父さんの影響は、もちろん家庭にも及んでいました。木村昴さんが幼い頃に日本へ移住してからも、家庭の中では常にドイツ語が話されていたそうです。会話はもちろん、テレビもラジオもドイツ語中心。まさに“リトル・ドイツ”のような環境だったといいます。
音楽も生活の一部で、クラシックの名曲が日常的に流れ、父の発声練習やレッスンの準備の声が、家庭内に響くこともよくあったとのこと。昴さんにとってはそれが「当たり前の日常」であり、音楽と表現がごく自然に自分の中に染み込んでいったのです。
バイリンガルとして育ったからこそ、表現が深まった
言語面でも、木村さんは小さな頃から日本語とドイツ語を自由に行き来する生活を送っていました。本人もインタビューで、「家ではドイツ語、外では日本語」という独特な感覚があったと語っています。
このバイリンガルな環境は、後の声優や舞台の活動に大きく影響を与えました。単なる“言語の違い”ではなく、言葉の「響き」や「空気感」、「表情の変化」にまで敏感になった彼は、声の表現に関して非常に高い感性を持つようになったのです。
父と息子、2つの世界を結ぶ“声”という共通点
音楽のプロとして、教育者として生きた父。そして、表現者として多方面で活躍する息子。分野は異なっていても、2人をつなぐキーワードはやはり「声」です。
お父さんが人生をかけて教えていた“声の大切さ”、“心で伝える力”は、まさに昴さんの演技やラップ、ナレーションにしっかりと受け継がれています。
とくに、感情のこもった演技や、言葉をリズムに乗せて届けるラップの場面では、単なるパフォーマンスを超えた“内側から出てくる力”のようなものが感じられます。それこそが、父から受け継いだ“魂のこもった声”なのではないでしょうか。
まとめ
木村昴さんの活躍の裏側には、クラシック音楽に情熱を注ぎ続けた父親の姿がありました。ドイツという異国から日本に渡り、教育者として生徒と向き合い、家庭ではドイツ語と音楽にあふれた環境を作り上げた父。その背中を見て育った昴さんは、自然と“声”と“表現”の力を学び取りました。
昴さんの力強く、豊かな声の背景には、音楽と教育、そして家族の愛があります。どこか温かく、でも芯のあるその声には、父から息子へと受け継がれた“表現者の血”がしっかりと流れているのです。